りん酸系肥料
りん酸系肥料とは、肥料三大養分のうち、特にりん酸を多く含有しているものの総称である。植物にとって、りん(P)はDNA、細胞膜の構成元素であるうえ、エネルギー転流に重要な役割を果たすATPの主成分で、植物の新陳代謝を司る重要な元素である。主な働きは、
イ、作物の生長を早める。
ロ、根の発育を促し、発芽力を盛んにする。
ハ、分けつの数や根、茎、葉、花の数を増やす。
ニ、子実の収量を高め、品質を良くする。
りん酸は主に開花結実に関係する。花肥(はなごえ)または実肥(みごえ)と言われる。
りん酸そのものは強酸性の液体で、そのままでは作物に施用することができない。通常、りん酸系肥料はりん酸塩化合物を用いる。りん酸系肥料に含まれているりん酸はその溶解性により主に水溶性りん酸、可溶性りん酸とく溶性りん酸の3つに分けられる。溶解性の差異により、施用後土壌における動きと作物による吸収が大きく異なり、肥料としての使用方法と養分利用率も大分違う。以下はこれら溶解性の異なるりん酸養分が植物吸収と土壌中の動態について簡単に説明する。
1.水溶性りん酸
水溶性りん酸は水に溶けてりん酸イオン(H2PO4-とHPO42-)を離解することができるりん酸塩類のことである。りん酸イオンが直接に作物に吸収できるので、速効性があり、施用後りん酸の肥効が早く現れる。しかし、りん酸イオンが土壌溶液中の鉄イオンやアルミニウムイオンと結合し、難溶性のりん酸第二鉄やりん酸アルミニウム沈殿を生成し、作物に吸収しにくい形態のりん酸化合物になってしまう。この現象は土壌のりん酸固定と呼ばれる。土壌のりん酸固定により、水溶性りん酸の養分利用率が低くなる。通常、水溶性りん酸の養分利用率が10~20%だけで、熱帯と亜熱帯の強酸性赤土土壌、火山性土壌、特に黒ぼく土のような活性アルミナの多い土壌では土壌のりん酸固定作用が強く、りん酸養分の利用率がさらに下がる。
水溶性りん酸を含む肥料はりん安(DAPとMAP)、過りん酸石灰、重過りん酸石灰などがある。土壌のりん酸固定があるため、施用法が間違うと、肥料利用率が低くなる。
2.可溶性りん酸
可溶性りん酸はpH9.6アルカリ性クエン酸アンモニウム溶液に溶けるりん酸のことである。可溶性りん酸は水に溶けないが、アルカリ性溶液のほか、根から分泌した根酸のような弱い酸でも溶けて、根に吸収される。従って、水溶性りん酸のように土壌のりん酸固定が少なく、養分利用率が高くなる。ただし、土壌溶液に溶けないため、作物の根に接触しないと吸収利用できない。耕耘しない場合は土壌中の移動がなく、土壌のりん酸固定の影響もほとんど受けない。
可溶性りん酸を含有する肥料はりん安(DAPとMAP)、過りん酸石灰、重過りん酸石灰などがある。ただし、これらのりん酸系肥料に含まれているりん酸は80%以上が水溶性りん酸で、可溶性りん酸の含有率が低い。可溶性りん酸だけのりん酸系肥料がないため、可溶性りん酸の養分利用率と肥効持続期間が不明である。
3.く溶性りん酸
く溶性りん酸はpH2.1のクエン酸液に溶けるりん酸のことである。く溶性りん酸は水に溶けないが、根から分泌した根酸のような弱い酸に溶けて、根に吸収される。従って、水溶性りん酸のように土壌のりん酸固定がなく、養分利用率が高い。ただし、土壌溶液に溶けないため、作物の根に接触しないと吸収利用できない。耕耘しない場合は土壌中の移動性もほとんどないが、土壌のりん酸固定の影響を全く受けない。
く溶性りん酸を含有する肥料は熔成りん肥(熔りん)と重焼燐、グアノなどがある。熔りんとグアノはすべてく溶性りん酸であるのに対して、重焼燐に含まれているりん酸は約30~40%が水溶性で、60~70%がく溶性である。く溶性りん酸は根に接触しないと吸収利用できないので、肥効の発現に時間がかかり、施用直後の養分利用率も高くない。但し、土壌中に安定して、ほかの物質とほとんど反応しないため、肥効持続期間が長く、全期間を通じての養分利用率が高い。
窒素や加里に比べ、りん酸系肥料の養分利用率が概して低い。その原因は土壌によるりん酸イオンの不溶化、いわゆる土壌のりん酸固定である。その対策は、次のような手法が用いられる。
土壌改良を通じて、りん酸吸収係数を下げる方法としては、堆肥や腐植酸資材を施用することが効果的である。堆肥などの有機物がりん酸を囲み,土壌との直接接触を少なくして、鉄イオンやアルミニウムイオンとの反応を減らすことができる。また、堆肥分解の際に土壌微生物が大量に増殖して、りん酸は微生物の増殖により取り込まれ、有機態りん酸となるが、微生物の死亡に伴ってゆっくり分解され再び無機化して植物に吸収利用される。
腐植酸は鉄、アルミニウム、カルシウムと安定な化合物を生成し、これらの陽イオンとりん酸との結合を妨げ、りん酸の固定を軽減すると考えられている。また、難溶性のりん酸化合物に腐植酸を添加すると、腐植酸が鉄、アルミニウム、カルシウムと錯体を生成し、結合されているりん酸を吸収利用可能な状態に戻すことも考えられる。
また、土壌pHを5.5~6.5の弱酸性に調整して、粘土鉱物から活性アルミニウムと鉄の溶出を抑えることで土壌のりん酸吸収係数を下げることができる。
植物から分泌される根酸の一部は、アルミニウムや鉄と結合した難溶性りん酸化合物との間に配位子交換反応によって溶解度の高い有機酸・金属のキレート錯体が形成され、りん酸を吸収利用可能な状態に戻すことができる。強い根酸を分泌し、難溶態りん酸の吸収力が強い植物を栽培して、りん酸を吸収させた後に緑肥としてすき込む方法もある。
水田では湛水により土壌が還元状態となり、難溶性のりん酸第二鉄は鉄が還元されることにより、りん酸が再び可給態となる。同じ土壌でも湛水で還元状態になったことで、可給態りん酸の量は畑状態のときの約1.6~6.5倍増加することが実験で確認された。土壌別では黒ボク土が約1.6~3.6倍、その他の土壌では約4.0倍以上ある。黒ボク土はアルミニウムによる固定が多いため、酸化還元による影響が少なく、差が開きにくい。水田の冬期湛水によるりん酸固定を軽減する耕作法はすでに実用された。
施肥方式の改善による土壌のりん酸固定を軽減する手法もある。りん酸吸着係数の高い黒ぼく土では、土壌中の有効可給態りん酸含量のほかにりん酸吸収係数も参考にしてりん酸の施肥量を決めるのがよい。過りん酸石灰や重過りん酸石灰は腐植酸や堆肥と混ぜて施用することはりん酸固定を軽減できる。りん酸肥料の種類については、熔りんなどく溶性りん酸肥料が固定されにくく、肥効が高い。また、寒冷期や植物の生育初期では、熔りんと過りん酸石灰を半々にするかまたは水溶性りん酸とく溶性りん酸両方を含む重焼りんが良いと言われる。
弊社は、汎用のりん酸系肥料として、DAP、MAP、重過りん酸石灰(重過石)、苦土りん酸肥料を取り扱っている。